「ネパールの医療とフェアトレードの現場から」 レポ: 矢島万知子



ひとりひとりの幸せを願って、ネパールの女性の自立を支援する活動を続けている私達は、年2回、一般公開のセミナーを開催しています。
今回はネパールでの7年間の活動を終えられ、6月に帰国された木村雄二医師と奥様の知珂子さんをお迎えしました。
セミナーは木村医師ご夫妻の報告と、ネパリ・バザーロ代表の土屋春代さんとの意見交換というかたちで進められましたが、医療の面からの女性の厳しい状況のお話を受けて、医療とフェアトレードという異なる立場からの女性支援の問題や可能性について話し合われました。
予め申し込みのあった人数よりはるかに多い、60名以上の参加があり、セミナー開始直前まで私達は椅子を運ぶのに大忙しとなりました。お話の後の質問も、グループに分かれての話し合いも「時間が足りない。」という声が上がるほどの盛り上がりでした。
「今回で37回目、最後の帰国報告会」とおっしゃる木村医師は、病理医として出会った症例とその背景をスライドを使ってわかりやすく、時にユーモアを交えてお話されました。
結核性腸炎の子ども。ネパールは大家族制で、食事をするのも、おじいさん、父親、男の兄弟という順に決まっており、お嫁さんは一番最後。栄養が行き届かず、結核になった母親から子どもへの感染が多いという。また、他の国と違い、女性のほうが癌にかかる率が高いのは、子宮癌が多いから。その理由は、結婚年齢が低く、多産であることと、水が貴重な為、お風呂に入れない不衛生さにあるとのことでした。働き手としてお嫁さんが欲しいので、早い結婚が望まれるという背景があります。石や土や水など重いものを運ぶのも若い女性の仕事です。53才と平均寿命が男性よりも短いのもネパールだけのことだというお話でした。
カースト制も依然として人々を苦しめていることに驚かされました。知珂子さんが最も心を痛められた光景は、少女が自分の奉公しているお屋敷の、同じ年頃の小学生のかばん持ちをして小学校の門までお供する光景でした。どんなに一緒に勉強をしたいだろうかと思われたそうです。女の子は、入学しても、5年生にもなるとその数は約3分の1に減ってしまうとのこと。貧しい家ではやはり女の子は勉強するより働き手にならざるを得ない現状のようです。
これらのお話を聞いて、女性の自立までの遠い遠い道のりを思ってしまいます。でも、まず、この国の人々に知ってほしい。変わってほしい。
その為には、まず、女性達の、家庭そして社会での地位向上が必要です。私達がフェアトレードを通じて協力していく大切さを改めて感じました。
結核で亡くなる赤ちゃんがいなくなり、すべての女の子が学校に行けて、女性が人としての尊厳を認められることを願いつつ…。
【木村雄二医師プロフィール】
1993年1月から、JOCSネパール派遣ワーカーとして、ネパール合同ミッション(UMN)に加わり、パタン病院の病理医として7年に渡り働いてこられました。ネパールの病理学の発展とネパール人の病理医の育成に力を注ぎ、第2期の活動を終えて6月に帰国されました。
* JOCS「(社)日本キリスト教海外医療協力会」・・・1960年設立当初よりアジアの人々の自発的な努力を側面から支えることに活動の重点を置き、保健医療協力に従事しています。
【木村雄二医師との出会い】
木村先生、というと思い出すのが、1997年4月12日に、3年半に及ぶパタンUMN病院の第1回赴任を終えて帰国していた時のことです。ネパールのコーヒーを飲みたいと、ネパリ・バザーロの事務所にネパールでの活動のスライドを持参して訪問して下さいました。
「女性のこの厳しい状況が変わって欲しい、女性の生活が変わらなければ、この国(ネパール)は変わらない」とのお話に、フェアトレードの視点と同じ共感を覚えました。その6月24日に再びネパールへ赴任。その間、私達のコーヒーを持参してパタンUMN病院へ伺ったこともありました。帰国後も、病院勤務のかたわら、後任の育成にあたるご予定で、常に「継続」を考えられているその真剣な姿勢には、感銘を受けるとともに、「継続」という(フェアトレードの)視点の大切さを強く感じさせられました。(完二)
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