ネパール紅茶が創り出す世界

---村の生活改善とそれを支える人々---
編集部/土屋完二



 遠く町から離れた紅茶農園、澄んだ水と空気。
そこに住む人々の温かい助け合いと、自然と調和した人々の暮しを交えながら、農園の様子をご紹介します。 (カタログで写真などがカラーでご覧になれます。どうぞお楽しみ下さい。)

◆山の中に広がるフェアトレードの世界

 ネパールの東、バドワプルから北へ約100キロ走ると目的地フィディムに着きます。ネパールで有機栽培をして、唯一海外の有機証明機関(オーストラリアのNASAA)から認証を受けている紅茶農園です。幾つもの山を越え、紅茶で知られるお茶畑がつづく田舎風景のイラムまで舗装された良好な道を飛ばすと、突然、車輪で深くえぐられた泥んこの輪だちとなり、ハンドルを取られないように右、左にと忙しく操作しながらゆっくりと進むことになりました。雨が降り、雪道のように滑る道を、走る、走る、走る。「あ〜、崖!」と思う間もなく車がそちらに向って滑って行きます。何度も手をつっぱり、顔が緊張することもありました。夜も更けてあたりは真っ暗闇になった頃、3,000メートルの峠を抜けたと思う間もなく、突然に細い険しい道を急降下すると、そこにフェアトレードの世界が広がっていました。

◆カンチャンジャンガ紅茶農園の素顔とその魅力

 ここは、パンチタールという地域にあり、近くの山の上にフィディムの町が一望できます。ネパールで唯一の有機証明を受けている紅茶農園でもあります。紅茶だけでなく、コーヒーも栽培しているし、カルダモン、シナモン、ジンジャー、ベイリーフも栽培しています。
 ここの特長は、海抜2,500mの山間部、空気と水の新鮮なことでしょうか。
 また、山の斜面が険しく不毛であった土地を活用して、紅茶農園を作ったことです。紅茶農園に適した斜度は60度までと言われていますが、ここは70度もあります。その不毛の土地を利用し、そこに紅茶という換金作物を植え、生活改善に役立てているのです。また、紅茶の木で地滑りを未然に防いでもいます。それを可能にしたのが有機農業の実践です。土壌を肥沃にし、退化を押さえているからです。先祖代々受け継がれた叡智を利用し、伝統的な手法で土壌の質を改善し、長期に渡り土壌を肥沃に保っています。養分の供給は、周辺の田畑で生産されるたい肥、緑肥を基本にしています。虫の駆除には、IPM(自然の中にある成分を使い、無理ない形で防虫効果を出す)方式を採用しています。



◆食料安全基準への動き

 この農園が提供する紅茶は、IFOAM(国際有機運動連盟)に加盟しているオーストラリアの有機農業証明機関NASAAから1998年に認可を受けています。NASAAは、2001年10月、JASより日本有機証明機関としても認められています。世の中の安全食料基準の動きに合わせて、HACCP(食品安全管理)を工場に導入中です。また、FLO(フェアトレードのラベル表示を通じて、その活動を促進する組織)の認定を2000年11月に受けています。



 現地の生活を理解するために、茶摘み女性の一日、工場で働く女性を取巻く状況、農園の中でおきたハプニングを追ってみました。

◆茶摘み女性の一日

 紅茶農園は工場から歩いて2時間かかるところにあります。あたり一面に紅茶畑が広がり、空気が澄み、遠く山向こうにフィディムの町が見えます。天気の良い日には、右手にカンチャンジュンガ(8586m)、左手にマカルー(8463m)の山を見ることができます。ここで茶摘みとして働いているサスワティ・バスコタさんは、快活な女性です。農園から20分の所に7人家族で住んでいます。21歳の若さですが、他6人の家族、お父さん、お母さん、二人の弟、二人の妹の面倒をみています。弟、妹は学校へ行っていますが、彼女は学校へ行ったことがありません。朝5時に起き、顔を洗い、部屋を掃除します。そして朝食を作ると、家族が食事を始めます。彼女が食べるのは最後で、9時ごろです。食事の後片付けをして背負いカゴを担ぎ仕事にでかけます。そこで、深いお茶の木の茂みに入り、器用に注意深くお茶の葉を摘みます。熟練している彼女の指は、ほとんど機械的に確実に緑の葉を摘み、背中のドコに入れていきます。右手でも左手でも葉を摘み、カゴに入れて行きます。一番重要なのは、細心の注意を払って、お茶の葉を傷めないように扱うことです。途中、お昼には自分の家から持ってきたお弁当を仲間たちと一緒に食べ、世間話に花を咲かせます。仕事は、雨が降ると、農園から支給されたカッパを着て行います。茶摘みがない時期には、木を切って、お茶の木のメンテナンスを欠かしません。午後2時頃お茶畑に戻り、もう3時間摘み取りを続けます。太陽は大きくせり出した岩のある山肌にゆっくりと姿を隠し始め、女性たちは再び集まります。茶葉は、その後、風通しの良いウェザリング・ハウスに集められ、工場に運ばれて出荷される形態に加工されます。4時半まで仕事をして家に戻ると夕食の支度にかかります。家族が全員そろうと夕食です。その後、家族団欒を楽しみ、9時になると寝床につきます。このお茶が彼女の口に入ることはありませんが、どこかの国の人々がこの紅茶を楽しんでいることを知っています。

◆工場で働く女性を取巻く状況

 ここで働いているタラ・ポーデルさんは、28歳。朝5時に起きて、お茶の支度をします。小さな家を3つに仕切り、粗末なベッドに薄いシーツ(毛布)、一間は、キッチンと居間を兼ねる土間。そこには、簡単な容器がほんの少しあるだけで、土間に敷くムシロも何もありません。外に出ると、右手はカンチャンジャンガ(8586m)、左手にマカルー(8463m)が遠く上の方に見えます。新鮮な空気が美味しい。
 9時になると、工場での仕事が始まります。紅茶の最終工程、茎とか不要な物を取り除く大変重要な仕事です。仕事が終わるのは5時。でも、家計が大変な彼女は、工場のすぐそばにある家に戻り、10才になる娘が作った夕食を取ると、またすぐ工場へ戻り、10時まで仕事をします。なにも財産のない彼女にとって、農園から無料で借りている家は大変貴重でもあります。
 3年前までは、この地域の奥にある母親の家で暮らしていました。その時は、農業と季節的な一時の荷物運び、オレンジを運んだりしていました。それは大変辛い仕事でしたが、それでも、いつも仕事がある訳ではなく、特に資産があるわけでもないので、仕事がない時は借金をして食べ物(お米)を買っていました。教育も受けていない彼女には他に手段がありませんでした。農業もうまく行かず、生活は苦しかった。そのままでは生活できなくなり、叔父がこの農園を紹介してくれました。夫も半年前、畑の収穫を断念し、この農園で働き始めました。
 今は、仕事がいつでもあるので、子どもたちに服を買ってあげられます。食べることもできます。義理の母の葬式や2人の妹の結婚式でも借金をしているので、その返済のため、残業でがんばっています。長男(13歳)をジャパの叔父に預け、農園の奨学金を使いながら学校に行かせています。ここには、1人(5歳)の息子と2人(10歳、7歳)の娘と夫の5人で住んでいます。
 3年前のことを思うと、今は天国のようですが、それでも、まだ問題があります。それは借金が増えていることです。年間の利子が銀行で借りても高く、そこへ金貸しから借金するともっと高額だからです。3年前に借りた借金が今や倍になってしまったのです。毎月の彼女の収入から食費を使うと、残りはわずかですが貯めています。そこから、生活費を払い、借金を支払い、年に若干の貯金をします。そのままでは、利子分の借金を支払うのは厳しい。今は、夫もこの農園で働き始めたので、借金をこれで減らしていけます。仕事に慣れれば賃金も上がり、長男以外の子ども達も学校へ行かせることができると思います。

◆紅茶農園でのハプニング、村人との触れ合い。

 厳しい環境の中で、人々は助け合いながら生活をしています。信心深くもあるようです。紅茶農園の中には、目立ちませんが昔から信仰されてきた寺院があります。また、工場から農園に向って歩いて行くと、3,000mの高い崖の隙間に何故か常に白く見える場所に気がつきます。地元の人々は「神様が住んでいる」といいます。
 私たちが訪問した時、同行者の具合が突然悪くなり歩けなくなりました。夕方になると、あたりは急に暗くなります。その人を担ぎ、暗い道を疲労でヨロヨロしながら歩いていた時のこと。真っ暗闇の道端に突然小さな一軒家が現われました。
理由を話し、家族団欒の最中の温かい、しかし目に沁みるほど煙のこもる土間の部屋に入れてもらいました。そこに横たえると、お爺さんが"神様がじゃましているのだろう"と熱心にお祈りを始めました。その一生懸命なこと。横たわった人の顔にはツバが飛ぶほどでした。子どもたちを伝令として助けを求めに行かせました。その伝令に応じて、遠く離れた家々から男性達が集まり、傍らの林から竹を切り、麻袋に穴を空けて担架を造り、駆けつけてくれたのです。15人はいたでしょうか。その甲斐あり無地救出されたわけですが、そのお爺さんはそれからも1週間は病人のためにお祈りを続けるだろうと聞きました。信心深く親切な人々の優しさに心を打たれました。

◆地域への貢献とパートナーシップに向けて

 町から遠く離れたところにある、この紅茶農園は、その地域の生活水準向上に大きく貢献しています。紅茶工場では約50人、紅茶農園では約200人ぐらいの人々が働き、茶摘みの季節には更に多くの人々が働いています。生活道路を確保し、教育支援を行い、ソフトローン貸付けなど幾つかの福祉プログラムも実施しています。最近では、家族計画に対する人々の意識の向上も図りたいと考えています。一生懸命働いても、理不尽なほどに厳しい状況にいる人々の生活を少しでも改善したいからです。ここで働く人々は、以前より暮らしが楽になったと言います。毎日仕事があるのは、とてもありがたいそうです。ここでの生活は厳しいですが、その問題を解決する即効薬はありません。このような、小さな地道な努力の積み重ねが大変大切なのです。この紅茶は、ヨーロッパへはドイツ、イギリス、ノールウエーのフェアトレード組織を通じて、日本へはネパリ・バザーロを通じて出荷されています。人々の想いを紅茶に乗せて、新しい社会創りは始まっています。