初めてのネパール訪問
入澤崇
「遂に来たぞ、ネパール!」
空港から町へ向かうタクシーから町並みを見ながら、そう心の中で叫んでいました。これからの出会いにわくわくしながら。ネパリ・バザーロのスタッフとなって一年、休暇を利用してネパールを初めて訪れました。
約1週間のホームステイ先は、現地スタッフ、ジャリーナ・シュレスタさんの実家で、70歳を超えるお母さん、兄、姉、そしてジャリーナさんの4人家族です。家はパタン地区にあり、その中でも古い家や寺院が並ぶ歴史あるところで、街のいたるところに神様と人が入り混じって生活の匂いがぷんぷんしていました。家は築100年で小さいですが4階建てです。1階がトイレと風呂、2階、3階がそれぞれの部屋で4階が台所です。食事は土間にむしろをしいて、あぐらをかいて食べます。基本メニューはごはんとカレー、豆スープとアチャールという漬物です。ごはんとカレーを手でかきまぜながら、口に持ってゆき親指を押し出して口に放り込みます。黄色くなった自分の手を見て、手からも栄養を摂っているような気がしました。作るのは姉妹で、食べ始める順番はお母さん、兄、最後に姉妹です。食べ終わると姉妹が限られた水で食器をすばやく洗い、土間に落ちたご飯粒を指でつまんできれいにします。この指使いが見事で、思わず見とれてしまいました。夜の10時くらいから姉妹がおしゃべりしながら、たらいでジャブジャブ洗濯します。水は毎日出るわけではないので朝近くの水汲み場から運んできます。それをタンクに溜めておいて、要領よく使います。洗濯機も電子レンジもないので、家事にはとても時間と労力を要します。カトマンズの中流家庭でこれくらいなのだから、農村部はもっと厳しいのでしょう。それでも外で働く女性はどちらもこなさなければならないので、頭の下がる思いです。
ある朝、私はドンドンドンと戸をたたく音で目がさめました。出るとアマ(お母さん)が手招きします。寝ぼけたまま付いて行くと、近くのお寺に入っていきました。朝6時位だというのに、たくさんの人が来ていて、お祈りをしたり、歌ったりしています。わけのわからないまま、ティカ(額につける赤い粉)をつけてもらいアマの真似をしながらお寺の中の儀式を順番にこなしてゆきました。そこにいる人たちはどこか皆穏やかな顔をしているような気がしました。とにかく町のいたるところに神様がいて、人々の生活に密着しています。あとから聞いたのですが、前の晩ティンツーという楽器を見たいと私が話していたのでアマが連れて行ってくれたのでした。
日中は生産者のところを訪ね回りました。生産者が作った服や小物や食品を日本のお客様に届ける掛け橋を仕事にしている私にとってそれは、とても重要なことでした。フェアトレードの重要な要素としてお客様に生産者の姿を伝えることがあります。気に入った「もの」を手にとって少しでも作った人のことに思いを馳せてもらおうにも、今までの私は、聞いたり読んだりした情報しかありませんでした。しかし実際に生産者に出会うことによって、ぐっと身近に感じることが出来ました。
ネパリと10年来の付き合いである、サラダさんのコットンクラフトでは、12,3人の女性がブラウスや帽子を縫製したり、裂き織りの布を織機で織っていました。どれも、とても手間のかかる仕事です。それを丁寧に黙々と続けています。日本で毎日見ている商品がひとつひとつ作られていきます。自然に仲間意識が私の中で湧いてきました。相手に意思を伝えることは出来ませんでしたが、皆さんの姿を目に焼き付けておこうと思いました。
草木染め商品を作っている、マヌシでは実際に布を染める作業をさせてもらいました。染料と70度くらいの湯の入ったドラム缶にゴム手袋をつけ布をザブザブ漬けます。ゴム手袋の隙間からお湯が入って熱いので水をあらかじめ手袋に入れますが、すぐ熱くなります。さらにいくつかの工程を経て、縫製して1枚の服に仕上がります。ちょうど日本へ送る服が仕上がっていたので品質チェックをしました。草木染めの商品はデリケートなので、工業製品のような一律な品質に仕上がりません。日本で不良品とはじいたものも、ネパールで見るとなんだか許せるような気がしてしまいます。でもマヌシの現場リーダーの方からは、そんな私の様子を察してか「厳しくチェックしてね」と釘をさされてしまいました。生産者のためには何が一番重要か、日々の仕事でも考えさせられることです。--->(P11へ)
---> (P10より)
木彫りスタンプ職人のシディマンさんの仕事も見せて頂きました。写真では何度も見ているので初めて会ったような気がしません。最近、ハンカチや焼き物のデザインとしてスタンプを押すことを日本で提案していることを説明すると、目を輝かせて聞いてくれました。
どの生産者を訪ねても、ネパリの築いてきたものと期待をひしひしと感じました。そして会えば会うほど、そこに責任が生まれてくると思いました。今回は仕事ではなく、あくまで訪問だったのでだんだんと苦しくなってきて、早く日本に帰って仕事をしないといけないような気がしました。「フェアトレード」という概念に共鳴してこの世界に飛び込んだ私に、ネパールの生産者という現実が少し見えてくると、その責任の重さが怖くも感じました。しかし実際にネパールの人たちに会えたことで、私の原動力を確認できました。そして工房で働く人たちの笑顔や「レッソンピリリ」という歌を教えてくれた子どもたちが私に頑張るパワーを与えてくれました。もちろんシュレスタ姉妹のおいしい料理もです!!