スパイスの効用と働く女性たち
フェアトレードで創る安全な社会、人の手が創る未来
土屋春代/編集部

◆農村から都会へ、安心食材を通して繋がる女性たち
 古い慣習を破って、新しい村創りに動き始めた農家の女性たち。素材を吟味した、安心できる食材で、外国のマーケットを切り開き、次世代を担う若い女性たちの仕事場を創ろうとする女性起業家。そこで働き自信をつけ、自らの運命を切り拓こうと、意欲に燃える女性たち。現状を変え、積極的に未来を創ろうとする彼女たちの、エネルギーに満ちたスパイスは、私たちの生活にもきっと新たな味付けをしてくれるでしょう。今回は、スパイスに関わる女性たちを通して、フェアトレードの果たす役割を検証します。 

◆WEANとSHS
 女性起業家協会WEANでトレーニングを受けた
シターラさんは、スパイシー・ホーム・スパイシーズSHSを立ち上げ、ネパリ・バザーロと共に女性の仕事場創りと、主婦の家事労働削減と社会進出促進に向けての商品作りを進めてきました。女性起業家が力を合わせて市場を開拓していく組織、WEAN共同組合にも所属しています。
(通信26号P6-7、28号P6-7参照)

◆SHSと女性たち
 シターラさんとスパイスの仕事を一緒に始めて2年半が過ぎました。順調にマーケットを拡大し、初期の頃の8倍ものオーダーが出せるようになってきました。作業場も大きくなり、働く女性たちも4人から10人に増えています。2003年の春夏カタログの特集で取り上げることになり、2002年9月、改めて撮影と取材をしました。
 作業場での写真は何度も撮っていますので、今回はスパイスの仕入れ、農家から直接買っているスパイスは畑で作業をしているところ、工場で働いている女性たちの家も訪問して、彼女たちの生活を取材しようと思いました。彼女たちの生活が、実際どう変わってきたかを直接聞き、目で確かめることは、これからどういう方向に進めていけばよいかを考える上で、とても大切なことです。
 一番古くから働いているアニタさんと、朝晩はシターラさんの家で家事手伝いもしているマンマヤさんが良いのではというお奨めで、お二人の取材をさせて頂きました。

◆アニタさん
 最初の小さい工場が建つ前、シターラさんの居間で家族が総掛りでマサラ詰めをした初めての注文の時から一緒に仕事をしています。その頃は、うつむいて誰とも口を利けず、ただ手だけを必死に動かしていたアニタさんが、今ではカレッジに通いながら仕事をし、職場では皆の仕事を纏めてシターラさんを助けています。
 一番遠くから通っていると聞かされた彼女の家は、カトマンズ郊外のキルティプールの山の上にあります。車から降りて彼女にとっては15分、慣れない私にとっては30分の石段の山道を登っていきます。毎日の通勤時間は1時間以上掛かります。しかも、この山道は雨が降ると壊れたり滑ったり、とても危険です。今年の雨期は特に集中して降り、各地に大きな被害をもたらしましたが、その時、この道は川のように水が流れ、歩くのが大変だったそうです。それでもアニタさんは仕事を休みませんでした。
 登りきって道が下りになり、しばらく歩くとやっと彼女の家が見えてきます。普段歩くことの少ない、不健康な生活をしている私が、息をきらしゼイゼイと言いながら上を見上げると、山羊や鶏の遊ぶなだらかな丘、遠くに見える山々、眼下に広がる水田、点在する農家が見え、その風景の美しさに「うわーっ」と声を上げてしまいました。「通勤に時間が掛かるけれど、この景色が好きなの」とアニタさんの嬉しそうな声が聞こえました。
 5歳の時に父親が病死し、母親とふたりで生きてきました。母親は他家の洗濯をしながら得る、わずかな報酬からアニタさんを何とか学校に行かせました。アニタさんも小さい時から家事をこなし、母親を助けました。ある家に洗濯や雑用の手伝いに行っていた時、シターラさんに出会いました。シターラさんはアニタさんの母親に「これからは女の子でも教育が大事。協力するから学校だけは行かせなさい」と勧め、自分の娘たちの洋服や学用品を分けて、サポートし続けました。
 働けるようになってからは自分で学費を出しています。朝、4時に起きて、お茶を飲み、4時半に家を出て、近くで友達と待ち合わせ、1時間半かけてカレッジに行きます。6時から9時まで学校。その後、シターラさんの工場に行って仕事をします。やはりシターラさんのところで働く近所の子が、お弁当を持ってきてくれ、工場に着いたらその朝食を食べます。「この仕事を得て、とても嬉しいです。どんなに忙しくても、仕事があることが嬉しいです。シターラさんの仕事がうまくいけば、私たちの生活も良くなります。だから頑張ります。」
 シターラさんの工場で働くだけではなく、帰宅後、養鶏場にしている一室で飼う200羽の鶏と、外で飼う卵用の鶏の世話をし、頼まれた縫い物を2時間し、後は勉強をします。休日も他家の洗濯、縫い物をしてから自宅の家事をするほど働きますが、病気をして寝込んだことはないと言います。
 24歳の彼女に「結婚は?」と聞くと「多分しないと思います。私が結婚したら、母の面倒をみる人がいなくなりますから」。「ネパールでは結婚をせず、女性がひとりで生きていくのは、周囲の目が厳しいでしょう」と意地悪な質問をすると、「普通は結婚しなければならないと思いますが、私にとって結婚は重要なことだとは思いません。小さい時から男手のない生活をしてきましたから、女だけでも生きていけると思います。」と答えてくれました。古い家は階段が急傾斜で、足の悪い母親には危険だからと、新しく家まで建てた彼女を、近所の人は娘と呼ばずに息子と言うのだとアニタさんは笑いました。
 これからしたいことはという問いに、「私はもうすぐカレッジを卒業します。そうしたらお給料をまだ小さい従妹たちの学費に使おうと思います。母の弟は体が弱く、お嫁さんは子どもの教育について何も考えていませんから。私はもうこれまでの教育で充分です。何をしても生きていけるという自信がつきました。これからは次の世代のために働きます。次の世代は私たちより、もっと教育が必要になると思います。」
 シターラさんの家で働き始めた頃、人と目を合わせて話せず、俯いてか細い声で話していたという彼女が、今では自信をつけ、母親の世話をしながら働き続け、次世代の女の子たちの学費支援をしようと言います。日本語を勉強して、ネパールの大好きな詩人の詩を日本語に翻訳して紹介したいという夢も、彼女ならきっといつかかなえることができるでしょう。
 仕事を持つということが単に収入を意味するのではなく、もっと大きなこと、その人の可能性を広げるということにつながるのだと、つくづく思いました。もっとたくさんの女性が、教育と仕事、そのふたつを得た時、その社会は大きく豊かに変わるのでしょう。
 長い長い石段を下りる間、いつまでも見送って手を振ってくれたアニタさん。これからも一緒に仕事をしていけるのが本当にうれしい。

◆マンマヤさん
 パタン市の旧王宮広場の近くに住むマンマヤさんは5人家族の長女です。
 父親に仕事がなく、一家の働き手は彼女ひとり。勉強が好きで学校に行きたかったのですが、家庭の経済事情では難しく、12歳から編み物などをして働いて、8年生まで学びました。もっと上級クラスまで行きたかったけれどあきらめました。学校は楽しく、「教師は道は教えられる。どういう道があるか。どの道を行けば、どこに着くか。でも自分の道をみつけ、歩いていくのはあなたたちだよ」という先生の教え、言葉が特に印象に残っているそうです。読書が好きで「女性が新しい道を切り拓く」という内容の本が、勇気付けられるので特に好きだといいます。強い光が印象的な彼女の聡明そうな眼は自分の運命を自身で切り拓くことのできる人の眼です。
 シターラさんとは以前編み物をしていた時に出会い、仕事をもらっていました。でもシターラさんの編み物の仕事が続かなくなり途絶えました。スパイスの仕事を始めた時、再び声が掛かり、仕事に来ないかと誘われてうれしかったといいます。工場の仕事の他に、シターラさんの自宅の家事を朝晩手伝い、その分、別に給料を得ています。安定した仕事があるので、ふたりの弟の授業料を出して、職業訓練校に行かせています。技術をつけて仕事がもらえるようになるといいのだけれど、と言います。
 仕事を得て、弟たちに援助もできる。自分が人に何かしてあげられるのがうれしい。自分も何かの役に立つのがうれしい、というマンマヤさん。
 夢はと聞くと「人に迷惑を掛けるのが嫌いだから、人に喜ばれるようになりたい。自分が一生懸命頑張って、どんな人でも頑張れば、道が開けるという例になれたらうれしい」と、はにかみながら答えてくれました。
 25歳のマンマヤさん。「結婚は?」という質問には、「いつかはしたいと思うけれど、先ず自分の足で立てるようになってから。私の友だちも、とても親しい人たちは皆、まだ結婚していないの」。最近の女性たちは結婚を急いでいません。自立をしてからという答えが爽やかでした。

 シターラさんのところで働く女性たちは、皆アニタさんや、マンマヤさんのように頑張り屋です。やはり働きながら学校に行っているソバさんもいます。男性でもなかなか仕事が見つからないネパール社会で、仕事を得られる女性は本当に限られています。しかもシターラさんの工場のような、女性が安心して働ける職場、セクハラのない環境は稀です。ここでは皆、活き活きと仕事をしています。
 やがて他の国にも輸出できるようになり、もっとマーケットが大きくなって仕事が増えても、マネージメントができる女性たちがいます。いえ、それだけの力がつき、育つでしょう。どんな困難があっても、挫けず笑顔で乗り越えていくでしょう。しなやかで強い彼女たちなら。

◆マドゥマラティさん(38歳) 
 7人家族、舅、姑、夫、娘2人(20歳、16歳)、息子1人(10歳)。
 コカナ村で今年から新しい動きが始まりました。マドゥマラティさんたち15人の女性たちがグループを作り、収入向上のために生姜栽培を始めました。女性が生姜を作ると、夫が早死にするという古い言い伝えがあり、これまで手がけることができませんでした。しかし、ほとんどの農作業を実際は女性がするのに、あれはだめ、これはだめでは収入が限られてしまいます。限られたマーケットでは品種が少なければ収入はそれだけ減ってしまいます。そこで古い言い伝えを破って、新たな挑戦をしようと起ち上がった女性たちがいました。まだまだ15人ですが、成功すれば更に加わる女性たちも増えるでしょう。
 この村からオーガニックの唐辛子を買っていたシターラさんは、その生姜も、更に栽培を計画しているターメリックも買取り、そのグループの支援をしようとしています。シターラさんから農家の女性たちの意欲的な動きを聞いたWEAN協同組合は、生姜の乾燥、加工についてのトレーニングプログラムを計画し、応援しようとしています。